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鈴木桂治が完敗した。 1回戦ではモンゴルの選手相手に諸手刈りで一本負け。敗者復活戦でも横落としに敗れた。 鈴木に限らず、日本柔道陣は外国人の変速技に負け続けた。仕事の打ち合わせ場所のテレビで見たある中年編集者は「こんなの柔道じゃねぇ」と憤り、うちの女房は「レスリングと何が違うか分からない」と首をかしげた。 朽ち木倒しや諸手刈り、踵返し……技を柔道技に分類できるだけでもまだマシだ。足を飛ばしてから相手の身体にしがみついて倒す、奥襟と帯をつかんで持ち上げて投げるという柔道技の範疇にない技を繰り出してくる外国人選手たち。 組んで、崩して、柔道技で投げる柔道から、スピードとパワーを使い、様々な格闘技から採り入れた技で相手を倒すJUDOに時代は代わった。一本を狙う柔道が、JUDOに一本負けをする光景が何度もみられた。 あんなの柔道じゃない。試合には負けたが、勝負では負けていない……と言ってみても、それは負け惜しみに過ぎない。JUDOが繰り広げられる中、見事に4人の日本人選手が金メダルを獲得した。全員に共通しているのはJUDOを研究していたということだ。 JUDOでも通用する柔道技の代表は寝技だ。女子63キロ級の谷本は立ち技にこだわらず、決勝を除く3試合では相手を寝技に引きずり込んで危なげなく買った。 JUDO技で決めた選手もいる。女子70キロ級の上野が決勝でとっさに出したのはJUDO技を代表する朽ち木倒し。小外刈りが空振りすると躊躇なく相手の右足をとって押し倒した。 男子66キロ級の内柴と100キロ超級の石井に共通していたのは外国人に負けないパワーをつけた上に、外国人を上回るスピードで技をかけたことだ。そして、その攻めの姿勢を無尽蔵のスタミナで続けたことで、相手に先に指導や注意が行き、相手がやむなく出てきたところを柔道技でしとめた。いや、柔道技にこだわってもいなかった。内柴は谷本のように立ち技にこだわらず、捨て身である巴投げから寝技に引きずりこみ、石井は相手を崩す前に返されない程度に強引な技をしかけていった。最後、指導→注意で金メダルを獲得したとき石井は「あれこそオレの柔道」とうそぶいた。ここでの表記でいけば「オレのJUDO」だったのだろう。 JUDOという土俵で勝つ方法はこれらの選手が証明している。まずJUDO選手に負けないパワーとスピードをつけ、それを5分間発揮し続けるスタミナをつけること。そして形にこだわらず攻め続け、ポイントを奪って、相手が柔道をせざる得なくすること。そうなれば日本の選手は得意の柔道で勝つことができる……もちろんあえてJUDOでしとめても構わない。
ライターの金子達仁氏が北京五輪をボイコットするそうだ(記事)。僕と金子氏は同世代。仕事はジャンルは違えども一緒。モスクワ五輪ボイコットに対する感想などは僕もほぼ一緒なのだが、そのあとの文章を読むと、少し首をかしげてしまう。 まず、金子氏が言う「北京五輪ボイコットの動き」とは何だろうか? 五輪ボイコットというと、ソ連のアフガン侵攻に伴うモスクワ五輪ボイコット、その報復としてのロス五輪ボイコットを思い出す。つまり、大会そのものへの不参加だ。 エストニア、チェコ、ポーランド、ドイツなどが表明しているのは北京五輪開会式への大統領、首相らの出席の取りやめだ。これらの国々も五輪というスポーツイベントそのものへの参加は表明している。 あとで、金子氏が紹介するドイツ選手の話も、大会そのものには参加。開会式にも参加するが、その際にチベットの民族衣装を着て、中国のチベット政策に異議を唱えるものだ。 つまり、現在世界に広がっているのは、五輪には参加しつつ、中国に対して「NO」を突きつけることであり、決して、五輪そのものへの不参加ではない。 開会式(閉会式)はある意味、スポーツイベントとしての五輪とは切り離された、その国の力を全世界に発信する政治色の強いイベントだ。政治色の強いイベントであるがゆえに、そこに参加しない、参加するが開催国に異議を唱えるパフォーマンスをするという形で政治的立場を明らかにする国・個人がいても僕は問題ないと思う。 また、アルゼンチンW杯のときに独裁政権に反対して本大会に出場しなかったクライフのように、個人的な政治信条から五輪そのものへの不参加を決める選手がいたとしても、それはそれで仕方がないと思う。ただし、現状でそのような選手はいない。 もし、日本が五輪そのものへの選手派遣を見送る選択をしたとすれば、僕は全力で反対する。モスクワ五輪への不参加で日本は何を得、主張できたのか? 僕は得、主張しえたものはほとんどなく、参加予定だった選手に不幸のみを与える結果となったと思っている。 イギリス、フランス、スペイン、イタリアなどのように、参加しながらも、開会式の入場行進を取りやめたり、旗手のみが参加したりするなどの方がよっぽど得た果実は大きかったのではなかろうか。そして、「全世界的な動き」も現状でこちらの方の文脈上にある。 文章を読む限り、金子氏が行おうとしているのは、五輪自体への不参加だ。つまり、全世界的な動きとは異なるものだ。違う行為なのにボイコットという同じ単語を使うのは読者をミスリードすることになろう。 そもそも、「ライターの五輪不参加」なんだろう。取材もせずに、報道もしないということであろうが、その行為に何の意味があり、何の影響があるのだろうか? 何の意味も影響もない、と僕は断言する。 ライターが伝えたいことがあるなら、その手段はやはり文章によってでしかできない。五輪を取材しながら、中国の矛盾点を暴き出し、それを読者に伝えることこそが、ライターとして、中国に「NO」を突きつけられる唯一の手段だ。それをしないと宣言することは、自分にその力量がないと宣言しているのと同じだと思うのだが、金子氏はどう思っているのだろう?
まったく亀田一家に同情する気はないのだが、JBCの手の平の返しっぷりの豪快さには驚いた。ちょっと亀田一家が哀れに思えてきた。あの一家があれだけ増長してしまったのは、TBSなどの取り巻きに加え、JBCがずっと甘やかしてきた結果なのだから。 もともと、WBCの規定で親族がセコンドに入ることは禁じているのに、JBCのローカルルールで許したのだ。もともと、殴り合うスポーツ。目の前で肉親が殴られていれば、熱くなり、不測の事態が起きる可能性がある。だから、WBCは禁止したのだろう。それなのに、JBCは前例があるとして許したのだ。 100歩譲って、亀田父はJBC発行のトレーナーライセンスを持っているから、しょうがないとしよう。それなら、なぜ現役ボクサーであり、ライセンスを持っていない兄の興毅まで許してしまったのか? いくらWBC世界フェザー級王者になった越本隆志と、父で自分でボクシングジムまで開設した英武氏の前例があるからといって、興毅を許したのは逸脱が過ぎるだろう。JBCはこの騒動を引き起こした一方の当事者であることは間違いない事実だ。 K-1や総合格闘技人気に押され、亀田一家人気におんぶに抱っこだったJBCが手の平を返したのは、亀田一家を擁護するより叩いた方がためになると判断したからだろう。 どちらにせよ、1年以内に大毅が世界に互する力を付ける可能性は皆無。これから行われる興毅の試合で亀田父をセコンドに付けることは世間が許さない。処分しないとJBCは前例から許さざるを得ない。だから、処分しちゃおうと。 もちろん、亀田フザケルナっていうJBCの内部者はいるし、その人たちがドライブしたのだろうが、これまで許していた多数派が寝返ったのはこんな理由ではないだろうか。 興毅を厳重戒告で済ませたのはまだヒールとして利用価値があるからだ。僕は「内藤の次の相手はそれでも興毅」という記事で、「年末にも」と書いたが、処分の重さから考えると、さすがにそれは難しくなったか。 しかし、内藤陣営は前王者ポンサクレックではなく金になる相手とやりたいとしている。ポンサク側から興行権を買い取っても、ペイする相手は誰だろうか? ペイするには一般の関心をひき、放映権を高値で売らねばならない。そして、それが可能な相手は残念ながら、興毅しかいないことには変わりないのだ。 次の試合の興行権を持つポンサク側の判断にもよるが、ポンサク戦がないのであれば、興毅が相手になる可能性はまだまだ高いと僕は思う。
おちゃらけばかりでなく、ちょっと真面目な話も書いておこう。 10年ちょっと前、スーパーフライ級の川島郭志を取材したことがある。天才的な防御で玄人受けするチャンプだった。 「日本チャンプでは食べていけない。僕はセブンイレブンでアルバイトをしていた。世界王者になって初めてボクシングで食えるんです」。 と、彼は言った。 今はさらに苦しくなっている。 世界戦の高額なファイトマネーの源泉は、入場料とテレビ放映権。後者の比率は高い。 かつてボクシングの世界戦といえば、民放キー局がゴールデンタイムに生中継というのが当然だった。ところが最近の格闘技ファンの関心は、よりエンターテインメント性が高いK-1や総合格闘技に集中しがちで、テレビ局が視聴率が取れる方に原資を投入するのは資本主義では当然の行為だ。そのため、最近では王座戦を2つ、3つと組み合わさねば、テレビ放映されなくなってしまった。 内藤大助が前王者ポンサクレックを倒した世界戦は、7月18日に行われたが、当初は放送自体が危ぶまれた。結局、生放送はされたが東京ローカルの東京MXテレビ。全国ネットではTBSは深夜3時半からだった。 内藤はポンサクレックと3回対戦している。02年4月の初対戦は、世界フライ級タイトルマッチ史上最短の1R34秒KO負け。05年10月では善戦したものの、7R負傷判定で敗れた。3度目の対戦はポンサク側からのオファーで実現したが、当時は「2度も破れている内藤に資格はあるのか」という厳しい意見もだされた。 ポンサク側は内藤を舐めていた。12月5日にはタイ国王の誕生日に合わせて、国王の御前世界戦を組もうともくろんでいた。勝てると踏んで、内藤にオファーを出したのだ。 かつて、WBAジュニアフライ級世界王座を13回防衛した具志堅用高が、亀田興毅を「金をかければ、そんなに簡単に世界挑戦できるのか」と厳しく批判したが、これについては何をかいわんという感じだ。金をかければ挑戦できるのだ。内藤とポンサクレックの一戦は、ポンサク側のファイトマネー2500万円、スタッフの渡航・宿泊費1100万円を含む4000万円という要求を内藤側が呑んで実現したのだ(それが悪いこととは僕は全く思わない)。 一部の例外を除いて、ボクシングの本場・米国で金になるのは中量級以上。軽量級の中心は中南米、東南アジア、そして日本。軽量級に日本人チャンプが多く、さらに挑戦者としてチャンスが与えられるのも、衰えたとはいえ、ジャパンマネーの力がまだまだ強いからだ。 もちろん、具志堅の発言は「それにしても」(注1)という話なのではあろうが、世界戦で王者が対戦するのは、指名試合以外は勝てる相手か儲けられる相手だ(その両方もある)。因縁の相手だから戦うというのは漫画の世界。「因縁の相手だから興業として高く売れる」のなら、戦う。金に汚い? 当然でしょう。ボクサーは命をかけた職業であり、ボクシングは長くタイトルを保持し続ける(=長く儲ける)のが非常に困難なスポーツなのだから。 ポンサク側は7月の世界戦実現にあたり、条件を付けた。内藤が王者となって以降2試合のオプション(興行権)をポンサク側が持つというものだ。 今回の内藤-大毅戦は、ポンサク側のオプションを一説には約5000万円と言われる大金で買い取ることで実現した。内藤側にその金はない。内藤を通じて協栄ジムが買ったのだ。 本来なら、WBCランク13位で実績らしい実績のない大毅よりも、同3位で、前ライトフライ級王者の興毅の方がふさわしかったはずだ。そして、何よりポンサクレックとの再戦がふさわしかったはずだ。それが大毅戦になったのはポンサク側、内藤側、亀田側、それぞれに思惑があったからだろう。 ポンサク側は内藤戦での敗戦は予想外だったが、内藤であれ、亀田であれ、次に戦えば勝てると踏んでいるのであろう。どちらにせよ、タイ国王誕生日までには間に合わない。焦って対戦する必要はない。対戦相手は内藤よりも亀田が金になる。オプション買い取りの条件として亀田が買った場合はポンサクレックと戦うという条件があったことだろう。内藤にせよ「亀田を破った内藤」の方が金になる。内藤についてはこの試合だけでなく、次の試合のオプションも持っている。だから、今は権利を売って稼いでしまおう、と。 内藤は勝ち負けは別として、ポンサクレックとは経済的には再戦したくなかっただろう。前回の対戦で、苦しかった台所事情は相手がポンサクレックなら条件は変わらない。ポンサクレックとやる前に金になる相手とやっておきたい。今、金になる相手は亀田しかいない。 亀田側にとっては、内藤がポンサクレックを破ったのはもっけの幸いだった。大毅が挑戦者となったのはリスク分散ではなかろうか。一発当たれば倒せる可能性はある。王者になれば最年少記録で衰えかけている亀田一家人気を回復できる。もし負けても興毅がいるという判断だったのだろう。 そう考えると、内藤の次の相手はやっぱり興毅ではなかろうか。 第1に現在の内藤にとって、興毅以上に内藤の価値を高めてくれる相手はいないからだ。 これくらい、一般の目を引く(=金になる)試合はなかろう。かたや亀田家に初の黒星を与えたベビーフェイス内藤。かたや「反則指示疑惑」まで持ち上がりヒールとなりきった亀田興毅。これぐらい面白いストーリーはなかなかない。興毅まで破れば内藤は亀ハンターとして、人気をつかむだろう。負けても「リベンジ」というストーリーは1回なら許されよう。 第2にポンサク側もその状況は承知しるだろうからだ。僕がポンサク陣営なら亀田以外ならオプションの買い取りをさせずに、内藤と戦うことを選択するだろう。 もちろんボクシングはプロレスとは違い、純然たるスポーツだ。しかし、興業収入があってこそ成り立つことには変わりない。それには一般の関心をひく試合を提供し続ける必要がある。 内藤は反則問題から亀田一家に「絶縁宣言」をしているようだが、それも試合を面白くするギミックの一つになりえよう(注2)。大晦日あたりにTBSの中継で「内藤大助vs亀田興毅」というのがありそうだ、と思ってしまうのはすれたライターの余りにもうがった見方であろうか? (注1)亀田がWBA王者になった試合は、WBAライトフライ級チャンピオンが王座を返上したことにともなう試合だった。WBAの規定では、空位になった時点での同級1位と2位が争うことになっている。確かに、1位はランダエタ、2位は亀田なので規定に反してはいないが、ランダエタはもともと1階級下のミニマム級元王者。亀田は1階級上のフライ級の選手。二人とも前王者の王座返上直前に階級を変更。いきなり上位にランクされた。実は2人ともライトフライ級では1戦も戦ったことがなかった。その2人による世界戦だった。
がんばりましたねぇ、亀田大毅。 パンチを捨てて、固いガードから果敢に何度も行った頭突き攻撃。うまく決まり、相手の目尻を切ることができました。 投げ技も何回も決めましたね。あそこから得意の寝技なのに、レフリーのブレイクが早すぎますよ。 最後は惜しかった。 あそこからパワースラムでマットにたたきつけていれば、チャンピオンの内藤も立ち上がれなかったでしょう。 レフリーもポイント2を宣言して、あれで完全なリードを奪ったはずなのに……、なんで亀田が負けなのか僕には全く理解できません。 ……えっ、ボクシングだったんですか? それは気がつきませんでした。 TBSの中継、最高でした。 もし、画面を消して実況だけを聞いていたら、誰もが亀田が勝ったと思ったでしょう。 内藤コールが鳴り響いても「大毅コールです」って、たぶん、実況席の回りは亀田軍団で固めていたんでしょうね。亀田のクリンチはうるさいこと言わず、内藤がやると時間稼ぎって(笑)。 それにしても、これが世界戦なんですかね。 薬師寺-辰吉戦が懐かしい。 まあ、亀田を破ったので、内藤はよくやった、というか最低のノルマは果たした。だけど、この試合で、内藤はファンを増やすことができただろうか? 勝ちを優先したためだろうけど、注目が高かった試合だけに残念。33歳での防衛は素晴らしいけど。 格闘技ファンとしては、亀田一家のようなギミックヒーローではなく、本当に強いボクサーが出てきて欲しいと願う今日このごろ。でも、亀田一家のようなギミックがないと、興業で稼げないのも事実なんだよなぁ。 (真面目なことも書いてみました。関連記事:内藤の次の相手はそれでも興毅)
プロレスラーは強いだけではスターになれない。 しかし、強いという背景を利用してスターになることもできる。 日本を代表する2人のレスラー、ジャイアント馬場とアントニオ猪木。 馬場はその分かりやすいキャラクターにより、デビュー以来トップを走り続けた。一方、猪木は馬場を太陽とする月。実力は自分がナンバーワンだと言い続け、それを証明することで、スターとなった。 猪木はゴッチに学び、実力をつけた。いざとなったら数秒で相手を無力化できる関節技や絞め技。肛門や目や鼻に指を突っ込むなどの裏技。対戦相手がシュートを仕掛けてきたとき、自分よりスター性が強いと思っているレスラーが猪木に負けるのを嫌がったとき、このゴッチの教えは恐るべき効果を発揮した。 アリ戦。 猪木は本気で実力世界一になろうと、アリにガチを仕掛けた。試合開始後に急にしかけたわけではなく、試合を契約してからし猪木がガチを望んだのだ。猪木は本気で勝てると思ったのだ。もし、ゴッチが猪木に全てを教えていれば、本当に勝てたかもしれない。しかし、猪木にはその技術はなく、遠目からローキックを撃つことだけに終始した。 その技術とは、レスリングの基礎であるタックル。タックルが重要となるような試合のビルドアップからのガチは通常、プロレスでは考えられなかったからだ。 ・・・・当時の僕はもちろん、ガチだったアリ戦もトークだったルスカ戦もすべてリアルファイトだと思っていた。もちろん、この年齢になってそのナイーブさはないが、柳澤健氏著「1976年のアントニオ猪木」を読んで、胸が高鳴った。「プロレスの枠組み」をちゃんと解体しながら、結果的にアントニオ猪木というプロレスラーのおもしろさを紹介してもいる。 昭和プロレス者の僕は、アントニオ猪木を心から堪能した。 そして堪能するに足るプロレスラーに育ててくれたゴッチに感謝している。 ありがとうゴッチ。 合掌
全日本選抜柔道体重別選手権の女子48キロ級決勝。福見友子は谷亮子の両足がそろった一瞬を見逃さず、左足を飛ばす。見事に谷の体が浮いた。しかし、谷は素晴らしい反射神経を発揮して、背中からは落ちず、半身で床に落ちた。 有効。試合はこのまま福見の優勢勝ちとなった。5年ぶりの谷からの勝利だった。 かなり遠い記憶だが、当時16歳で現役高校生の福見は2002年の同大会1回戦で谷と当たり、やはり足技で効果を奪って勝ち、谷(当時は田村姓)の連勝記録を65で止めた。福見は「ヤワラに勝った女子高生」として有名になり、注目を浴びたが、それがプレッシャーともなった。世界選手権出場がかかる試合。谷に勝って初優勝を遂げた。21歳になった福見は試合後、「最高の1日でした」と語った。 しかし、世界選手権出場は谷になった。福見が国際大会で勝っていないことを重視し、全日本柔道連盟側は「世界選手権や五輪は、金メダルが絶対条件。国内で勝っても外国人に勝てない選手ではダメ。金に近い選手を選んだ。谷は他の選手と違う」(アサヒコムより)と選考理由を語った。 全柔連が金メダルを願うのは勝手であるが、福見から世界選手権出場を奪う権利があるのだろうか? かつての柔道の女王・山口香強化委員は「勝っても代表に選ばれないのでは、チャンスがなくなってしまう。谷の立派さは分かるが、福見には今年がなければ、来年の五輪もないことになる」と話している(同)。 谷が福見に負けたのは揺るぎない事実であり、この時点で谷は福見より弱い。もしかしたら、谷から福見への世代交代が始まったのかもしれない。世界選手権で谷が福見より活躍するというのは誰が担保するのだろうか? 確かに「母でも金」は分かりやすいキャッチだ。しかし、よもや世界選手権の視聴率などは気にしていないだろうな、とまずは念押ししておこう。ここまで恣意的に選んだのだから、谷が金メダルを取らねば、責任者は腹を切るぐらいの覚悟は持っておいて欲しい。 それにしても2時間紛糾したという選考会。結果は福見にとって、最高の1日を最悪の1日に突き落とすものとなってしまったのではなかろうか?
ナベツネさんは巨人のことだけじゃなく球界全体のことを考えています。 もちろん今回の復帰も球界全体のことを考えてのことです。 巨人の人気だけで保ってきた球界も、昨年のゴタゴタなどでそれだけでは立ち行かなくなってきました。テレビ局にとってドル箱だった巨人戦の放映権はいまやお荷物です。このまま巨人人気=野球人気を続けていれば、野球自体の地盤沈下が始まります(いや、もう始まっているのかな?) 頭の良いナベツネさんは巨人の人気を他の球団に分けてあげることを考え始めました。一極集中より共存共栄の方が良いと思ったからです。 でも、根強い巨人ファンは少なくありません。巨人ファンの中には「強い巨人が好き」という人が少なくないので、巨人の弱体化を推し進めました。まずは人気のない堀内さんに監督を続行させました。打線には好不調の波が激しい大型扇風機をずらりと並べ、投手陣はよく分からない外国人投手をとって失敗させとっとと解雇しました。そのかいがあって、巨人はセリーグでドン尻に落ちていきました。 ただ、困ってしまったのが楽天でした。リーグは違えど、巨人の上(?)を行くビリ独走。ナベツネさんがオーナーを辞任してまで譲ってあげた一場君は期待はずれで、勝ち星を稼ぐことができません。交流戦が始まって最初の3連戦が楽天。もちろんナベツネさんは3連敗を望んだのですが、そんな親心を知らない堀内監督と巨人の選手は頑張ってしまい、なんと勝ち越してしまいました。さらに、交流戦でもドン尻に落ちるはずが、10勝9敗と五分の星。一応、最下位はキープしているものの、不調が続く中日のため、五分の星でも満足している巨人ファンもいる始末。 「さて、どうするか?」。ナベツネさんは困ってしまいました。 でも、さすが頭の良いナベツネさん、凄い切り札を出してきました。 まずは、病に倒れた長嶋さんを人寄せパンダに使い、一部熱狂的な長嶋ファン以外からの顰蹙を買う作戦に出ました。それも日テレの氏家会長に「顔見世興行」と言わせ、それが人寄せパンダ以外の何者でもないことを強調させることも忘れてはいません。 でも、これだけでは足らない、と頭の良いナベツネさんは考えました。 「そうだオレが復帰しよう」 そう、球界の嫌われ者であるナベツネさんが復帰すれば、ナベツネさんが球界の表舞台から去って安心して観戦にきていた巨人ファンの居心地を悪くできます。逆に言えば、この間の辞任も、ずっと居座り続けるより、辞任→復帰の方が節操なく見せることができるというヨミからでした。 大金を使っての補強も考えています。さすがに打線を補強すれば弱体計画がミエミエなので、投手陣を補強します。失敗すれば巨人ファンが去ってくれますし、成功すればアンチの憎悪を燃え上がらせることができます。 そう、ナベツネさんはこんな深謀遠慮のもとに、球界全体のために復帰するのです。 え? 違うって? ただの裸の王様? そんなことはないでしょう。ナベツネさんの復帰が巨人人気復活の逆効果であることは、僕のような凡人にも分かることです。恐れ多くも世界一の発行部数を誇る新聞社グループの会長様が分からないはずがありません。 ナベツネさんは球界全体のために復帰するのです。みんなで祝ってあげましょう。 んなわけ、ねーだろとツッコミを入れた人は→ブログランキングに1票
千秋楽、朝青龍と魁皇の一番は、立ち合いで右上手を取った魁皇が最後まで攻め手を緩めず、寄り切った。 何で、この相撲が最初っからできないんだろう。星もこれで五分となった。今の朝青龍を真っ向から破れる力を持った力士は魁皇しかいないのだ。なのになぁ・・・。 「来場所に横綱昇進の可能性を残した」といわれるが来場所はかなり厳しい。ただ優勝すれば、とはならないだろう。押尾川審判部長は優勝を条件に「13勝が目安」といっている(記事)が、最低でも14勝は必要。本来なら15戦全勝優勝でも厳しいはずだ。 なぜこんなに厳しい条件になるかといえば、前例があるからだ。 まずは、現KONISHIKIの小錦だ。 横綱昇進の条件は「2場所連続優勝、もしくはそれに準じる成績」だ。しかし、優勝経験がないままに横綱昇進した双羽黒(北尾光司)が、不祥事を起こして、結局、一度も優勝しないままに廃業して以降、この基準が厳しくなり、第63代横綱旭富士以降の横綱はすべて2場所連続優勝を遂げて昇進している。 小錦は91年11月場所に13勝2敗で優勝。92年1月場所は12勝3敗で優勝を逃したが、翌3月場所は13勝2敗で優勝。しかし、横綱昇進は見送られた。2場所連続優勝でないことが理由だった。 魁皇は先場所13勝2敗で優勝、今場所は12勝3敗。ここまではまったく小錦と一緒だ。だから、13勝2敗で優勝では小錦と同成績。だから、14勝はせねばならない。 「今回の魁皇は準優勝。小錦は優勝に準じる成績ではなかった」という理由付けも考えられる。 確かに、小錦が12勝3敗だった92年1月場所は優勝が貴花田(後の貴乃花)の14勝1敗。準優勝は曙の13勝2敗。だから、小錦の12勝3敗は優勝に準じる成績とはいえない。 しかし、これには貴乃花の例が立ちはだかる。 93年3月場所11勝4敗で準優勝。翌場所14勝1敗で優勝。そして綱取り場所の7月場所で13勝2敗の優勝同点。優勝決定戦で曙に敗れたものの、まさしく「優勝に準じる成績」だった。しかし、昇進は見送られた。 「いや、優勝のあとに準優勝だったから」というかもしれない。 これにも貴乃花の例が立ちはだかる。 94年1月場所、14勝1敗で優勝。翌場所は11勝4敗で準優勝。5月場所で14勝1敗。それでも昇進は見送られている。2場所合計で25勝5敗。魁皇は来場所14勝1敗でようやく上回れる。貴乃花が最初に昇進を逃した例では2場所合計で27勝3敗。全勝の15勝でようやく並ぶ数字だ。 2人目の横綱は、相撲ファンなら誰もが待ち望んでいることだ。僕は魁皇のファンである。でも、というか、だからこそ、横綱に昇進するなら、誰にも文句がないような昇進をしてほしいと思うのだ。
魁皇が若の里を上手出し投げで破った瞬間に朝青龍の優勝が事実上決まった。左腕を痛めて星勘定さえ厳しい千代大海が万全の朝青龍に敵うべくもないからだ。予想通り、千代大海はあっという間に組み止められて、寄り切られた。 今場所、魁皇は常に優勝争いの筆頭を走る主役を期待されていた。ところが、弱気から来る不安定な相撲を繰り返し、初日にいきなりの黒星。10日目に新鋭・白鵬に敗れたのは仕方ないとしよう。でも、雅山に敗れた時点で本当にジ・エンド。結局、一度たりとも主役としてスポットライトを浴びることなかった。 結局、終始脇役の位置にいた魁皇。明日の取り組みで、一矢報いれば、まだ「主役になりうる重要な脇役」の地位を守れるだろう。しかし、明日負ければ、その地位は白鵬や若の里に取って変わられる。いや、もしかすると、もう取って変わられているのかもしれない。 < 前のページ次のページ >
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