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【追記】この記事を書いたあと、事故列車に乗り合わせた運転士が被害者の救助もせずに出勤したことや、事故当日に社内のボウリング大会が開かれていたことなど、信じられない安全軽視が明らかになってきた。これはもう長年にわたって培ってきてしまった「体質」なのだろう。「何が起きても、予定を時間どおりにこなす」。これが美徳とされてきたのであろう。何より優先されるのは人命。鉄道マンでなくとも当然と思っていることを、われわれのような素人が指摘せねばならない、この状態。悲しい話だ。 ◆ JR宝塚線(福知山線)の脱線事故は死者107人と鉄道史上まれにみる惨事となった。 原因はスピードの出し過ぎと見られている。JR西日本は線路上に破砕痕があることから、置き石の可能性を示唆したが、事故調査委員会によって否定された。なぜ、JR西日本はあんな事故の初期段階で自らの責任を否定するような行動に出たのであろうか? たぶん、自らに責任があることを重々承知だったからではないだろうか。 事故直後から速度超過は乗客からも指摘されていた。なぜ、70キロ制限の場所で、100キロを超す(記録装置によると108キロ)で走行していたかと言えば、遅れを取り戻すためだ。前駅で40メートルほどオーバーランして、1分半遅れていたのだ。 JR西日本では、運転士がミスをすると、業務からはずして「日勤教育」という再教育プログラムを受けさせている。ところが、この日勤教育は教育とは名ばかりのもので、制裁的要素が強く、それが運転士の自殺まで引き起こしていることが分った(訴状)。朝日新聞は次のように報じる。 今回の事故を起こした運転士は以前にも別の路線でオーバーランを起し、13日間の日勤教育を受けていたという。スピードの出し過ぎの背景にはこの日勤教育を避けたい、避けられないにしても、できるだけ短い期間で済ませたいという気持ちがあったことは容易に想像できる。 さらに問題なのは、遅れたときのマニュアルがなかったことだ。読売新聞は、次のように報じた。 前出のアサヒコムの記事では「JR宝塚線では、『直線でとばし、カーブ直前で急ブレーキをかける』という運転方法が、遅れを回復するための「裏技」として運転士の常識になっていた」と報じている。 JR西日本は遅れが生じた場合、速度超過で遅れを回復していることを認識していつつ、その責任と方法を運転士に押しつけていたのだ。つまり、「運転の失敗は恥。恥の結果の遅れは自分で回復しろ。そして、恥ずべき失敗をした人間は制裁する」というのがJR西日本の態度だったのだ。 事故は起るべくしておきたのだ。 ハインリッヒの法則というものがある(記事)。「大事故が1発生する背景には、29の小事故があり、300の事故に至らないヒヤリとしたり、ハッとするような事象がある」というもので、僕がこれを最初に耳にしたのは、飛行機事故をどのように防ぐか、という内容で、航空会社の人から話を聞いたときだ。 航空事故は大惨事につながりやすい。1の大事故が起きる前に29の小事故を防ぐ。そして、29の小事故を防ぐために300のヒヤリとした事象を徹底的に調査する。ヒヤリ事象は基本的に事故ではないので、他人からは分らない。それを恥だとしてしまえば、誰も報告しない。そのため、この航空会社ではそのため、ヒヤリを報告しやすくするために、ヒヤリ経験をした人には決してペナルティを与えないのという内規を作っているのだという。ヒヤリを多く報告させ、ヒヤリとした事象はなぜ起きたのか、どうすれば防げたのかを原因追及とともに、対策を考え、他人の失敗も共有の財産にする。「失敗を生かす」とはこのことであろう。 事故列車は前駅(伊丹駅)に30秒遅れで到着していた(記事)。そして、伊丹駅で40メートルほどオーバーランした。30秒の遅れを取り戻そうと焦ったために失敗を重ねたのであろう。そして、結果的に1分30秒遅れることとなり、大事故が起きた。 ヒヤリと言える30秒の遅れ、小事故といえるオーバーラン、そして大事故が起きた。 最初の30秒の遅れを許し、その原因を調べ、大事故防止の対策に充てていたら、事故は起きたであろうか? 僕は起きなかった確立は極めて高いと思う。 失敗は誰でも犯す。それを前提としたシステムでなければ意味がない。何度も言うが、失敗を制裁するのでは意味がない。失敗を報告させ、それを全体としてなるべく繰り返さないようにするにはどうすればよいのかを考えねばならない。 失敗を生かせるシステムでなかったJR西日本の体質こそ恥ずべきものであろう。この恥べき体質をそのままにしていた責任者の罪は重い。次の事故を防ぐためにも、膿を徹底的に出し、新たな事故防止策を作らねばならない。もし、ヒヤリ事象を集め、それが過密ダイヤに由来するものであれば、それを見直さねばならない。何よりも優先されるべきは、乗客の安全なのだから。 この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→ブログランキングに1票 by brotherjin | 2005-04-30 16:40 | ニュースから
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